積み崩し

asahi.comでみゆきサンの新アルバムについての記事を見つけたので読んでたわけですが。

一部引用。

「75年のデビュー曲を意識した表題曲や、当時の未収録作品をちりばめ、『原点』を見つめた『自分のことにストレートな、ある意味こっぱずかしいアルバム』と言う。」

「ラジオのDJなどで聞かせる、かわいらしい声で歌う収録曲『とろ』は、『まんま私ですから』と言い切る。〈全部変わりたいと思った〉〈他の人はどうして間違えないのだろう〉などとユーモラスに歌うが、『ここまでストレートに<はい、私です>と言った曲はなかった。かなぐり捨てました。』」

「『生死が表裏一体の物語を演じ、死んだ先へと踏み込んでみて、生きていて隠さなきゃならない、かばわなきゃならないことが、大したことじゃないと思えた。言ったことに責任をとらなくてはいけない恐怖感がこれまであったけれど、妙に腹が据わったんです』」


てな内容で(ほんとはもっと詳しいです)、これを読んで、今回のアルバムが今までとかなり違うなというのが納得できたわけです。

「原点を見つめた」と言えるものには2タイプあると思います。ひとつは「自己模倣」、もうひとつは「初心にかえる」。もちろんこのアルバムは後者です。今まで「ん~、自己模倣に陥りかけてるかな」と思わずには居られなかったものもありました。だから断言できます。これは自己模倣ではまったくありません。

「かなぐり捨てました」
「妙に腹が据わったんです」

この言葉にもそれは象徴されていると思います。


ここから短歌の話になりますが(短歌を含めた「表現活動すべて」かもしれません)、「原点をみつめ」「かなぐり捨て」「腹を据える」というのは、口にするのは簡単ですが、なかなかできることではありません。岡本太郎の言う「積み崩し」です。「積み上げ」ではなく。

自分が今まで積み上げてきたものを一度崩す。

一度崩して、かなぐり捨てて、残ったものが自分の表現の本質でしょう。それをするには勇気と胆ぎめとタイミングが必要だと思います。

私も短歌の師匠から「初心に戻ってごらん」と言われて久しいです。「下手くそなうたを詠みなさい」と言われます。「上手いね、と感心される歌よりも、下手だけど感動したと言われる歌の方がいい」と言われます。

やろうと試みても、そう簡単にはできません。
こわいです。
自分がつくってきたもの、みつけてきたものを捨てるのがこわいんです。

でも、たぶんそれができたら、新しい何かが見えると思います。必ず。

それを今回の中島みゆきのアルバムは成し遂げたんだと思いました。
…学ばなければ。

だからこそこんなに心に響くわけだし。
この強さは、それを乗りこえたひとのもつ強さなんだと思うから。
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by sei_97 | 2006-11-30 17:58 | ことば・本
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