「おふくろさん」騒動(笑)

なんだかなぁ。
あれだけ怒ってた作詞者が亡くなった途端に、息子が出てきて「振り上げた拳がおろせなかったんだと思うんですよ」って。

初めは頑固爺がなんかめんどくさいこと言ってるなぁと思ってたけど、どう考えても川内氏の言うことの方が、表現者として筋が通ってる。

まず、なぜ拳をふりあげたか、なんだけど、マスコミも森進一も息子もそこがわかってるのかな。そこがわからないから、あれだけ怒りつづけたんじゃないのか?死ぬまで許さないっていうほどの怒り。

結局は、あの詞があまりに普遍的だったから、歌い手が自分のこととして受け取ってしまった。
そこまではいいけど、それを「自分のこと」として発表してしまった(それがセリフの付け加え)。

つまりは、作者が「普遍」としてつくりあげた作品を、表現者が「矮小化」して「自分個人のこと」として発表してしまったということ、そして、そのことにまったく表現者が気づいていないということ。そこに怒りが収まらなかったんじゃないのかな。

短歌でもそうだけど、「母親」とか「孫」とか「子」とかが題材になると急にベタつくんですよ。たぶん作者の感情が入りすぎるからだと思うんです。客観視できなくなる。第三者の目で見ることができなくなる。

そういう枷を乗り越えて「普遍」として完成させた作品を、もう一度ベタベタの世界に引き下ろされたら、芸術家ならだれだって怒りますよね。

結局のところ、森進一は「芸術」として歌う人ではなく、ただの歌手。
川内氏は「芸術」として作品を作ってた人。
和解を持ちかけた川内氏の息子もマスコミも、それがまったくわかってない凡人。

もっとバカなのが今日のワイドショーで偉そうに語ってたコメンテーター。
「川内氏は政治にも一家言あった人だから、政治的な意味もこめられていたのではないでしょうか」

思わず吹き出したよ。
政治を語れば高尚なのかよ、って(嘲笑)

芸術がわからない世の中はやっぱりダメだ。
むなしいし、あほらしい話だ。
[PR]
by sei_97 | 2008-11-07 08:48 | ことば・本
<< ヘンな迷惑メール アクセス数とか >>