「人権問題」ってなんだ?

さっき、TVで「金嬉老事件」についてやってた。
1968年だっけか、温泉宿の宿泊客たちを人質にとってライフルもって、自分のカラダにダイナマイト巻き付けて立てこもった在日朝鮮人、金嬉老(キム・ヒロ)。

現代にあちこちで起こってる立てこもり事件と違って、彼の事件は「マスコミを使って自分の置かれている被差別の立場を全国に知らしめる」という目的があった。

今でも2ちゃんなんかみると、差別的な書き込みが横行してる。
ま、2ちゃんはネットの中の大都会だから、そういう書き込みに反対する人もいて、最近とくにバランスが取れてきたなとは思うけど。

「自分の国へ帰れ」

よく在日コリアンたちが言われる言葉。
今は日系外国人たちにも同じ言葉が使われてる。

在日コリアンがどうして日本にいるのか、その歴史からちゃんと知った上の発言かと腹が立つ。「韓国併合」で、日本は「土地調査事業」と銘打って、コリアの土地を全部「日本のもの」にしてしまった。畑も田んぼも。生活に困った彼らは、「併合」によって「同じ国」とされた日本に来るしかなかった。

そして、安い労働力として使われた。
住むところは自分たちで探した。

戦争が始まると「強制連行・強制労働」が始まった。コリアンたちは人さらいにさらわれるように日本に連れてこられた。彼らには住むところすらなかった。ウチの近所にも、強制連行されたコリアンたちが作らされたダムがある。タコ部屋みたいな小屋も残ってる。そのダムにはたくさんのコリアン労働者が埋められてる。逃げだそうとして逃げ切れなかったコリアンたちの骨が、その周辺の山には今もまだたくさん埋まってる。それを掘り出して供養する活動もある。

日本が戦争に負けて、でも日本にいるコリアンたちには帰る場所がない。
自分たちの土地は日本に取られてしまって、今更帰っても、他人の手に渡ってるから。それなら日本で築いた自分たちの住まいを護ることを誰でも考えるよね。

「自分の国へ帰れ」

帰れるものなら帰ってるわ。


タイトルの「人権問題」。
大きくくくったもんだと思うよ。
「人権問題」て。

細かく分けたらどれだけになることか。

男女差別(男性が差別される場面もあるよね。女性はもちろん)
外国人差別・民族差別。
部落差別。
障害者差別(細かいよね、これも。見えない人、聞こえないひと、肢体不自由、知的障害、精神障害、性同一性障害、学習障害…)

全部いっしょくたにして、何をどう片付けようとしてるのか、政府は。


部落問題については、内閣がかつて「同和対策審議会答申」の中で「部落差別の解消は国民的課題である」と明記した。だから、税金つかって、被差別部落の環境改善、生活改善を行ってきた。でもそれも数年前に終わってしまった。

学校や社会で、おおっぴらに「私は差別するよ」って言う人は少ない。ほとんど居ないんじゃないかな。だって、ずっとみんな「差別はいけないこと」って「教えられて」きたから。

「差別」はいけないこと。
「人権」は守らなきゃいけないもの。

じゃあその具体的内容はなんなのか、って話よね。


被差別部落に多い名字だっていうだけで、仕事に支障が出た人がいる。身近に。
結婚を前提におつきあいしてた相手方から急に断られて、詳しく聞いたら自分の家が被差別の環境だった、っていうことで、絶望して首をくくった若い女の人がいる。これもほんの10年くらい前の話。

私が娘を妊娠したときに、夫の親(同居してなかったのよ)からわざわざ職場に電話がかかってきて、「障害を持ってたら堕ろさなきゃだめだから、検査受けなさい」って言われた。私の従弟が重度の脳性マヒだから。

私は「私が産んで育てるんですから放っておいてくださいっ!」って大げんかして電話切った。もちろん検査なんかしなかった。

娘の同級生に重い障害を持った子がいる。
お母さんは何度も心中を考えたって言ってた。
でも、同じように障害を持った子どもをもつお母さんのことば「命がけでこの子産んだんだから、なんとしても幸せにならなきゃ」っていうことばで前向きになった。

ネットで知り合っていろいろ相談に乗ってもらってるひとがいる。
今はちょっと疎遠になってるけど。
彼女が、私がまだこんな症状になる前に「私は世間的に言えば『キチガイ』だからね」って苦笑してた。

私もそう。
精神科に通ってるんだから。「心療内科」なんて言い方変えたって、偏見で見る人たちにはなんの関係もない。

「精神科に通院歴がある」

それはもう一生ついて回る。


遺伝だのなんだの言いだしたら、体質から何から遺伝するんだし、何が遺伝して何が遺伝しないのか、ヒトゲノムは解明されたけど、私たち一般がそれを知ることはあまりない。

ウチの両親は糖尿病で、たぶんこの体質は遺伝するでしょうね。糖尿病が遺伝するんじゃなくて、糖尿病になりやすい体質が遺伝する。がんもしかり。

近眼だって、乱視だって、歯並びだって、足が遅いのだって、方向音痴だって、全部遺伝要素は持ってるかもしれない。

だから何?


本人の責任じゃないところで、いわれのない損害を被ること


これを差別っていうんじゃないのかな。

だから、住んでるところでどうこうっていうのも差別だと思う。
引っ越してきてそこに住んでる人でも、やっぱりそこに住んでるってだけで、見方が変わってしまうわけだから。

「付き合ってる彼、どこの人なの?」「東大阪(あるいは十三)」「えー、ちょっと気をつけた方がいいんじゃないの?」

こんな会話はあちこちで起きてるでしょうね。


昔、近藤真彦が「ザ・ベストテン」か何かで、広島の女の子から「結婚してください!」ってお便りをもらって、「えー、でも広島の子と結婚したら原爆症がうつる…」みたいなこと言って問題になったよね。あほかとおもったもん。

そういうことじゃないのかな。
「問い聞き」は差別するためのものでしかない。
個人その人を、自分の目でしっかり見ればいいんじゃないのかな。
見誤らないために、自分の目を磨くことをすればいいんじゃないのかな。
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by sei_97 | 2008-11-25 00:29 | 教育とか社会とか
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